日本画家、松井冬子が描く世界は痛ましく、強く、美しい。昨春、東京芸大大学院を修了し博士号
を取得、心新たに取り組んだ新作は「ナルシシズム」がテーマという。現在、東京で個展を開いている
松井に制作について聞いた。
盛りを過ぎようとしている水仙の花が、狂おしく朽ちていく。自らを追い込むように、痛めつけるように。
説明するまでもなく、新作「Narcissus(ナルキッソス)」はギリシャ神話にちなんでいる。美少年
ナルキッソスは復讐の神ネメシスの手により、水面に映った自分に恋して身を滅ぼしてしまう。
「他人とのコミュニケーションがうまくいかない現代的な病であるナルシシズムは、ナルキッソスの
悲しみに通じる」と松井。
ただ、ナルシシズムを単なる自己陶酔やうぬぼれではなく、もっと多面的にとらえたいという。
「例えば私たちはモードチェンジをするようにコロコロと人格を変えて外と向き合い、自分を守る。
一方で、自分の中にある他者をできるだけ排除し、自らの“核”を探している」。現代における
ナルシシズムには、多くのストレスに耐え、アイデンティティーを保つ自己防衛本能という側面も
あるかもしれない。
主観や個性が重んじられる美術家は、ナルシシストでなければならない、と話す。「ナルシシスト
であることを強制される。自分を突き詰めなければ、面白いものはできません」
松井の姿勢は、新作「終極にある異体の散在」に描かれた女と重なってみえる。幸せを象徴する鳥、
従順であるはずの犬が牙をむく。一見心地良い社会のシステムは、一方で私たちを蝕(むしば)んで
いるのかもしれない。だから、皮膚をひきちぎられながらも、女は走り続ける。自分に巣くう異物を
振り切りながら。
皮膚の中から露出する臓器など、松井の表現は痛々しい。人間の五感が鈍化しつつあるからこそ、
「痛覚」を刺激する絵を描きたいという。絹地に薄塗りで、髪の毛一本一本まで微細に描き込んだ画面
には、緊張感が張りつめている。同時に、メラメラと妖気が立ち上ってくるようだ。
「自分のストレスや怒りを即興的に画面にたたきつけるような絵には、あまり興味がありません。
恐怖や痛みはじっくりと実感するもので、頂点に達する寸前で大きくなるもの。殴って『痛い!』と
いう絵ではなく、ためこんで考えを練り、徐々に痛めつける」
確かな日本画の技術が創作を支える。自分が描きたいものを描くため、地道に修練を重ねてきた。
「ほんと、おかしなくらい絵を描くのが好き。子供のころからずっと…」。この気持ちこそが、彼女の
アイデンティティーに違いない。
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松井冬子個展「Narcissus」は東京・九段南の成山画廊で23日まで。水・日曜、祝日除く
午後1〜7時。
ソース(MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/culture/arts/080210/art0802101335001-n1.htm写真=『終極にある異体の散在』2007年